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負けず嫌い 悔しさ胸に 青森山田・長谷川主将

2008年08月15日

<青森代表 青森山田> 甲子園で打線は封じ込められた。「打てないのは仕方がない。これが自分たちの実力です」と長谷川秀輝主将(3年)は言う。だが、〈もっと打てたはずだ〉。どこまでも悔しさが胸に募る。

写真青森山田−慶応 青森山田の長谷川秀輝二塁手

 長谷川くんは帽子のつばに「先輩らの涙 無駄にはしない」と書いていた。

 昨夏の甲子園、2回戦で聖光学院(福島)と対戦。長谷川くんは2死満塁の絶好機で打席に立った。だが、投ゴロに倒れた。この時も悔しくて涙がこぼれた。「来年必ず帰ってくる」。その思いを込めて書き込んだものだ。

 青森市の造道小出身。小4で軟式野球を始めた。全国大会にも出場した。その時のチームメートが同じ3年生の阿部大樹くんと、斎藤樹伸くんだ。「もっと野球がうまくなりたい」と、3人で青森山田中に進学。9年間、一緒に野球をやってきた。

 今夏の青森大会。阿部くんは打率5割、斎藤くんは7割を超えた。

 テレビや新聞で「同じ小学校出身の3人」と紹介される時、2人は打席に立つ姿。準々決勝まで1安打の長谷川くんは守備を写された。

 「本気であせりました」

 青森大会では試合終了後にグラウンドに戻って300球以上も打撃練習をした。

 「2人には、負けたくなかった」。準決勝と決勝2試合で計4安打。打率3割台にのせた時、長谷川くんは「正直ホッとしました」と話す。

 それでも甲子園にきてから調子が上がらなかった。渋谷良弥監督は「うちは毎日4時間以上練習してきた。大阪に来てからは、割り当ての練習時間は2時間で、とても足りない」と言った。

 慶応の左腕田村圭くん(3年)を打とうと、左投手対策もしてきた。バッティングマシンも140キロ以上に設定。フォームを見直そうと遠くに打つロングティーもやった。

 朝昼夜と隣の席で食事をともにしているエース木下龍二くん(3年)が、右ひじを痛めているのを知っていた。

 慶応戦。長谷川くんをはじめチームは堅守で木下くんをもり立てた。

 だが、「木下のために早く点を取りたい」。

 8回表、チャンスが回ってきた。四球で出塁した宮守淳貴くん(2年)が盗塁と敵失で三塁に進んだ。

 監督のサインは〈とにかく打て〉だった。長谷川くんはしかし、2球目、二ゴロに倒れた。

 「正直、悔しい。打てればもっと違った結果になっていたと思うから」

 長谷川くんは甲子園で涙を見せなかった。

 「たぶん、帰ったら泣きます」。造道小出身の負けず嫌いの主将が、そう打ち明けてくれた。(石川瀬里)


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