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常葉菊川(静岡)ニュース

常葉菊川、接戦で何度も逆転劇 軌跡を振り返る

2007年08月23日

 第89回全国高校野球選手権大会に出場した常葉菊川は、強打者のそろう日南学園(宮崎)や選抜大会で決勝を戦った大垣日大(岐阜)などを破り、県勢としては34年ぶりに4強入りを果たした。選抜大会優勝後、春夏連覇の期待を背負いながら、持ち味の「攻撃野球」の姿勢を崩さず、いくつもの接戦を勝ち抜いてきた常葉菊川の軌跡を振り返る。

 準々決勝の大垣日大戦、1点を先制されてベンチに戻ってきた石岡諒哉捕手(3年)に、佐野心部長が話しかけた。「(相手適時打への球は)インコースが真ん中に入ったのか」。石岡捕手は「あれはゴロを打たせた球。たまたま抜けたけど、問題ありません。ナイスピッチングです」と話した。確かなインサイドワークの技術を身につけてきたからこそ、できる発言だった。「もうじっと黙ってみてるしかないと思いましたね」と成長ぶりに佐野部長は目を細めた。

 チームから全幅の信頼を受ける田中健二朗投手(3年)は今大会全試合で先発し、431球を投げた。時速140〜150キロ台の投手が名を連ねる中、130キロ台の直球に変化球を織り交ぜる緩急をつけた投球で押した。角度のある球は、「見づらいし、打ちづらかった」(大垣日大・大林賢哉選手)と、球速以上に打者を翻弄(ほんろう)した。

 「春から変わっていない」と石岡捕手が言うように、球速、球種ともに大きな変化はなく、フォームが崩れないよう入念に修正を重ねてきた。勝負を左右するのは常に、田中投手の「気迫」だった。制球が定まらず「情けない投球」(田中投手)をしてしまった3回戦の日南学園戦の後、選手たちが全員本塁から見守る中で投球練習をした。次の大垣日大戦では被安打4、6奪三振で完投。「球に気持ちがこもっていた。目つきが違った」と石岡捕手は言う。

 エースを支えたのが2年生左腕の戸狩聡希投手(2年)だった。連投と重圧の中で苦しむ田中投手とは対照的に「出たくてうずうずしていた」とのことば通り、甲子園の舞台でのびのび投球し、自己最速の136キロも記録した。球種が豊富な技巧派で、成長に期待がかかる。

 負けはしたものの、「攻撃野球」を強く印象づけた準決勝。前半に3点リードされたものの、送りバントはなかった。萎縮(いしゅく)することのなかったフルスイングが、8回に実った。9回には「思い切ったスイングができず、ずっと損をしていた」(森下知幸監督)という今大会からベンチ入りの伊藤慎悟選手(2年)と、選抜大会では記録員だった代打の小林研斗選手(3年)の連打で、最後の追い上げをみせた。

 「(塁に)出たら走る」「とにかく前へ」。積極的な走塁も健在だった。今大会10盗塁、静岡大会からの11試合通算では36盗塁と、塁に出てからも「攻撃」は止まらなかった。

◇大舞台 伸び伸びプレー

 大阪入りしてからの練習は、背面でボールをキャッチしたり、グラブトスしたりと、派手なプレーがグラウンドで展開された。「サッカーのリフティングと同じ。ボールを捕ることや、グラブさばきが『楽しい』と感じるようになって欲しかった」と森下監督は話す。

 初戦の日大山形(山形)戦。町田友潤二塁手(2年)が二遊間へのゴロを捕球し長谷川裕介遊撃手(3年)にグラブトス。一塁への送球はそれたが、観衆がどよめいた。以前甲子園で横浜(神奈川)の選手がやっていたのを見て、2人が「ヨコハマ」と名付け、「いつかやってみたい」と練習してきた。大好きな野球を大舞台で思いきり楽しむ守りはチームを勢いづけた。

 春夏合わせて甲子園8勝。準決勝まで、選手たちにとって甲子園は「一度も負けたことのないところ」(相馬功亮主将)だった。準決勝の広陵(広島)戦の後、相馬主将は「負けたことが信じられない」と言った。

 静岡大会から続いたいくつもの逆転劇、終盤での追い上げは、奇跡ではなく必然だったのかもしれない。「春の覇者」へ注がれる視線の中、勝つことを疑わず、どんな状況でも「攻撃野球」を貫くことは、決して簡単なことではなかったはずだ。


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