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佐賀北(佐賀)ニュース

「2人で1人」エース成長 久保君と馬場君

2007年08月23日

 感動は、最後に隠されていた。球史に刻まれる劇的な逆転満塁本塁打で、佐賀北が初の優勝旗を手にした。2回戦は延長引き分け再試合、準々決勝もサヨナラ勝ち。史上最多の73イニングを戦い、甲子園で成長してきた。決勝は広陵に逆転勝ち。「信じられない」。佐賀北の監督、主将すら驚きを口にし、「名場面」を目の当たりにしたスタンドも、地元も、歓喜に包まれた。

写真2回表、久保投手(左)と交代する馬場投手=22日、阪神甲子園

 ずっと「2人で1人」だった。佐賀北の1番久保貴大君(3年)と10番馬場将史君(3年)。2投手は甲子園で「先発」「救援」の役割を分担してきた。試合中に声を掛け合うことはあまりない。それでも互いを信じ、ともに成長してきた。

 大会史上最多の7試合計73イニングを戦い抜いた佐賀北。投手を中心に、堅守で接戦をものにしてきた。ところが、22日の広陵(広島)戦。鉄壁の守備に初めてほころびが見えた。

 「いつも通り」に先発した馬場君。広陵打線は強力だった。甘い変化球をことごとくたたかれる。2点を失い、2回の満塁の場面で久保君にマウンドを譲った。今大会最短のアウト五つでの降板だった。

 「まだ投げたかった。悔しい」。駆け寄ってきた久保君にボールを手渡した。いつもより早い継投に、久保君は「もう自分が抑えるしかない」と覚悟した。

 久保君は、準決勝までの29回3分の2を無失点で投げ抜いてきた。その記録は34回3分の1で止まる。7回に相手打線に適時打を許し、2点を失ったのだ。

 「もう気持ちが切れそうだ」。久保君はマウンドで苦しげな表情を浮かべた。ベンチからは馬場君が久保君を見ていた。「自分がもっと長く投げていれば」。じくじたる思いに心を砕かれた。

 「あの久保が点を取られた」。三塁を守っていた副島浩史君(3年)はショックを受けていた。「自分たちが支えなければ」と強く感じた。

 流れが変わったのは8回だ。相手投手の2四球などで1点を返し、なおも1死満塁のチャンス。本塁打を放ったのは、その副島君だった。

 9回、久保君は「3年間の集大成だ」と自分に言い聞かせていた。そして、最後の打者から「集大成」の三振を奪う。

 馬場君は「もっと長く投げたい」と甲子園でずっと感じていた。が、このときは心の中で、ひたすら念じた。「久保ならやってくれる」。試合終了。馬場君は満面の笑顔でベンチを飛び出した。

 百崎敏克監督は「信じられない子たちだ」とつぶやいた。その表情が、選手たちの甲子園での成長ぶりを物語っていた。


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