ここから本文エリア

宇治山田商(三重)ニュース

重圧と戦い続けたエース 中井大介君

2007年08月17日

 1―1で迎えた6回表。マウンド上では、宇治山田商の主戦中井大介君(3年)が無死一、三塁のピンチに立たされていた。息をのむ観衆とは対照的に冷静な表情。だが、内心は「もう点はやれない」と力んでいた。

写真4回表、ピンチを迎え投手中井に話しかける捕手西田=阪神甲子園球場で

 5番の大串亮平君(2年)と6番の田中亮君(2年)に連続適時打を浴び、この回3点を失ってマウンドを降りた。

 「初戦で決着がつかなかったのは、互いの気持ちが同じくらいだったから。今日はより強い気持ちで、粘りの投球をする」。試合前、そう話していた背番号「1」。先制後すぐに追いつかれても、5回まで佐賀北打線を2安打に抑える落ち着きぶりを見せていた。

 9回で146球を投げた初戦から2日後の再試合。「疲れはそれほどない」という言葉とは裏腹に、腕は正直だった。直球が走らない。甘い球を佐賀北は見逃さなかった。

 継投した平生拓也君(2年)が5点を取られる様子を、右翼から見守った。泣き始めている仲間もいた。

 「江川二世」

 1年の秋、東海大会の初戦で完投して本塁打も打ち、同校出身の福岡ソフトバンク・江川智晃選手(20)になぞらえてそう呼ばれた。「過大評価されている」。ずっと、重圧との戦いだった。

 三重大会直前に調子を崩す。中居誠監督は、「最後の夏、速球を投げなきゃという焦りがあったのかも」と分析する。

 8回表1死一、二塁、打ち込まれた平生君から再びマウンドを受け継ぎ、無得点に抑えた。直球を狙われているとわかった上で、最後まで「自信のある直球」を投げ続けた。エースのプライドだった。

 試合後、中井君は「平生も疲れがあったと思う。打線で援護できず、つらい思いをさせた」と後輩をかばった。

 甲子園に来る前、「3年間の集大成。甲子園では実力以上のことは起きない。結果がすべて」と話していた。戦いを終えた後、「力は出し切った。常に笑顔を心がけ、エースの責任は果たせた」と気丈に話した。

 「甲子園で学んだことは(勝ちたいという)気持ち。全員が打って、守ってつながないと、点はとれない」。大きな収穫を得た。


ここから広告です
広告終わり

このページのトップに戻る