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八幡商、8回に意地 必勝パターンかなわず

2006年08月10日

 第88回全国高校野球選手権大会に出場した滋賀代表の八幡商は9日、静岡商に2―8で敗れ、念願の初戦突破はならなかった。序盤にリードを奪われ、八幡商らしさを出しきれない苦しい展開。それでも選手たちは互いに声をかけ合い、8回には2死満塁から1点を追加するなど、最後まで粘り強く戦った。

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静岡商―八幡商 8回表静岡商1死一塁、滝本(8)の二塁盗塁で、ベースカバーに入った遊撃手富原(左)と二塁手中島=阪神甲子園球場で

 ◎…「何とか後ろにつなぎたい」。4点を追う3回裏1死二塁、富原章斗君(3年)の放った打球は快音を響かせ、右前へ。次打者も安打が続き、1点をかえした。

 富原君が小学3年生で野球を始めて以来、練習や試合でいつも見守ってくれた祖父が今年5月に亡くなった。その当日も祖父は学校での練習を見に来て、帰宅後、春の近畿大会で京都成章に2―3で敗れたことについて「惜しかったな」と声をかけられたのが最後の会話になった。

 祖父は、八幡商がこの夏の滋賀大会で勝ち進み、富原君が最後の夏に甲子園に出るのを楽しみにしていた。富原君は滋賀大会で優勝した時にはメダルを仏壇に供え、「甲子園は天国から見守っていてくれよ」と手を合わせた。

 ◎…「おれらがもっと引っ張っていこう」。試合中、二塁手の中島浩貴君(3年)は、小学校からの野球仲間で親友の富原君と声をかけ合った。4回表、右方向へ抜けそうな強い打球に飛びつき、立ち上がって、一塁のベースカバーに入った投手の成宮翔磨君(3年)へ投げた。制球が定まらず苦しんでいる成宮君を助けたいという一念が生んだ好守だった。

 二塁手になったのは、今春の県大会3回戦から。控えの三塁手だったが、レギュラーの二塁手が交錯してけがをし、出番が回ってきた。二ゴロの処理がうまくできず、その日の夜から仲間にひたすらノックしてもらった。徐々にコツをつかみ、失策も減った。滋賀大会決勝では、遊撃手の富原君と併殺を決め、試合を締めくくった。

 この日は無安打。打ってやろうという気持ちが空回りし、ボール球に手を出したりした。それでも「最高の舞台で高校野球生活を終えられ、感謝したい」。仲間たちには「ありがとう」と声をかけるつもりだ。

 ◎…「3点以内に抑えて5点以上取る」。滋賀大会でチームが必勝パターンとした試合展開は、大舞台ではかなわなかった。鍛え上げた強力打線も6安打に抑えられた。

 遠塚浩希君(3年)は、チームの誰よりバットを振ってきた。毎日、誰もいなくなるまで自主練習を続け、終電で帰宅した。高校に入学してからは制服かユニホーム。私服姿になった記憶はほとんどない。甲子園出場が決まり、宿舎入りしてからも素振りを重ね、時には宿舎のベランダでダッシュをして仲間を驚かせた。この日は1安打。「相手投手がどうというより、自分たちの野球ができなかった」とうなだれた。

 池川準人監督は「昨年秋は初戦敗退したチームが春、夏と優勝し、甲子園まで来た。『ご苦労さん』と言いたい」。捕手の宮川忠士君(2年)は、2人の3年生投手の調子や性格を把握したいと、練習以外でも行動を共にしてきた。試合後、目を真っ赤にして「この夢舞台に帰ってきて、次こそは勝つ」と先輩たちに誓った。

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