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高校野球総合ニュース

練習場の整備、初優勝の背景 王貞治記念グラウンドも

2006年08月21日

 1901年創立の早稲田実が、王貞治氏も荒木大輔氏もできなかった夏の全国制覇を成し遂げた背景には、ようやく整った練習環境や、文武両道の校風があった。

 早稲田実は01年、新宿区から国分寺市に移転。翌年には商業科を募集停止、男女共学化、初等科も開校と、めまぐるしい変遷を遂げた。

 それは野球部にとっては苦難の始まりだった。移転に伴い、練習場だった武蔵関グラウンド(練馬区)は99年夏に閉鎖。「グラウンド確保に必死で、練習に集中できなかった」と和泉実監督は振り返る。大学や社会人チームのグラウンドを渡り歩く日々が続いた。

 今の3年生が入学した年の7月、八王子市に「王貞治記念グラウンド」が完成。両翼93メートル、中堅120メートル。照明もある。やっと腰をすえて練習に打ち込める環境が整った。和泉監督は「選手が部室でゆっくり話をできるようになり、仲間意識も高まった」。

 人材もそろってきた。優勝の原動力になったエース斎藤佑樹君は群馬県出身。早稲田実に入学した理由を「野球だけでなく、人間的にも成長したいと思ってこの学校を選んだ」と話す。

 「文武両道の伝統」。選手たちは他の生徒たちと同じように授業を受けた後、電車などでグラウンドに向かう。和泉監督は「試験休みはしっかり取るし、テストの成績が悪ければ練習をさせない」という。

 スポーツ分野に特定した推薦制度もあるが、一般入試で難関を突破した主力選手もいる。帰国子女でドイツ語を話し、「将来の夢は国際弁護士」と話すレギュラー選手もいる。

 現在は100%近くが早稲田大に進学する。都内の強豪私立の監督は「いまは野球が強いというだけでは、人が集まらなくなっている。その点、有名私大の系列校には、絶大なブランド力がある」と話した。

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