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〈託す〉 光浴びぬ子こそ魅力 作家・あさのあつこさん

2006年07月06日

 昨年、甲子園のアルプス席で初めて高校野球を観戦しました。鮮やかな深緑の芝、応援席の熱気……。そこにあったのはいままで知らなかった甲子園の空気でした。

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2男1女の母。売れっ子になったいまも、出身地の岡山県美作市で執筆活動を続ける=自宅近くの喫茶店で

 三振をとってその回を締めた投手の背中を、内野手がポンとたたく。その瞬間、大人びた表情でマウンドにいた投手がニコッと笑った。それは高校生よりもずっと幼子に見えた。ああ、この落差なんだと。プロにはない、人が高校野球に引きつけられる理由がわかった気がしました。

 《天性の素質を持つ投手・巧が転校先の岡山の山間部で捕手・豪と出会う。この2人を中心に野球に魅せられた中学生の心の葛藤(かっとう)を描いた「バッテリー」シリーズは、文庫だけで累計350万部を超えるベストセラーになった》

 実は野球をよく知らないんです。でも、野球という媒体を通して成り立つ人間と人間の関係なら書けるんじゃないかと。特にバッテリーの、集団スポーツの中で一対一で向き合う関係性はおもしろい。いつか書きたいと思っていました。

 「バッテリー」は甲子園を目指す手前の10代前半で終わっています。「(主人公の)巧を甲子園まで連れていって」というファンの声もありましたが、あの年齢だから描ける人間模様もあった。彼が甲子園に行ったら……。ときどき考えますね。

 《この春の選抜大会2回戦。早実(東京)と地元・関西(岡山)の試合をテレビで見ていた。延長15回の末、勝負は、引き分け再試合として翌日に持ち越された》

 関西が1点リードで迎えた9回表。1死一塁から早実の打者が放った球を、関西の外野手が後ろにそらしてしまった。同点、打者も生還して決勝点となった。泣き崩れ、仲間に抱きかかえられた外野手。そのシーンばかりがニュースで繰り返し流れる。物を書く人間にとって、あのとき、あの外野手はどんな思いで甲子園にいたのか、気になって仕方がないんです。

 でも、もっと心ひかれるのは、グラウンドの中央でプレーする子よりも視野にまったく入らない子たち。伝令、三塁コーチスボックスに立つ子、ブルペンで投手の球を受ける控え捕手、ベンチの端で黙々とスコアをつける記録係、決してグラウンドに立ち入らない女子マネジャー……。

 ニュースではその日記録をつくった選手にスポットを当てる。だから、スポットが当たらない子の一瞬をすくい上げるのは、私のようなもの語りの仕事だと思うんです。

 《ある野球部を取材した。朝6時からの練習を女子マネジャーが「野球が好き」という目でひたむきに見つめている。女にとって野球は観客席しか縁がないと思っていた。それは新鮮な体験だった》

 少年も少女も、高校野球は限られた3年間の貴重な体験。だからこそ、グラウンドに立てる選手たちがうらやましい。

 甲子園の土を踏めるのは誇らしいけれど、出たくても出られなかった子たちはその姿を複雑な思いで見ているはず。一つのエラー、一つの負けで明日がなくなる高校野球。そこには羨望(せんぼう)も嫉妬(しっと)も心の傷も渦巻いている。でも、いずれ変化していく。羨望は生きる原動力に、嫉妬は相手を認める力に、心の傷はやがて思い出に変わる。

 成長という言葉で片づけてほしくないんです。大人に近づくための成長ならいらない。その経験から上質な人間になるきっかけをつかんでほしいという感じかな。それは本当にステキなことだから。(聞き手・大波綾)

     ◇

 あさの・あつこ 1954年、岡山県生まれ。96年からの「バッテリー」シリーズ(教育画劇、角川文庫)がベストセラーに。すでに漫画になり、映画化も決まっている。同作品で第35回野間児童文芸賞、「バッテリー」で第39回日本児童文学者協会賞、シリーズ全6巻で第54回小学館児童出版文化賞受賞。ほかに「The MANZAI」シリーズ、「福音の少年」など。

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